67(番外編) お互いの気持ちを確認し合ったことで葵は前にも増して軽やかに西島と接することができるようになった。 自分の気持ちに素直に……。 心の中で毎日『大好きです』の言葉を西島に送るようになった。 日によってそれは『大好きっ』だったり『大好きなんです』だったり、『何でこんなに好きになっちゃったんだろう』だったりその時々の気分で変わる。 ◇ ◇ ◇ ◇ 程よい距離感で付き合って3年の月日が流れた。 西島さんへの好きの気持ちはちっとも減らなかった。 一緒に暮らすことの怖さや不安よりもたくさん側にいたい気持ちの方が勝るようになっていった。 七夕の日に『西島さんの奥さんになりたい』と書いて、差し入れのおかずを入れた容器の上にカードを貼り付け、袋に入れて何も言わずに西島さんにいつものように手渡しした。 いつもだったら次の差し入れ時に、洗ってある前の容器を受け取って帰るのだけれど、今回は翌日の朝一番に西島さんが家まで届けてくれた。 「ご馳走様! おいしかった。」 いつもの笑顔で西島さんはそう言ってくれた。 早朝届けてくれた容器を紙袋から取り出すと、わたしが願い事を書いた短冊の裏側が同じように貼り付けられていた。 そこには西島さんからのメッセージが書かれてあった。―― もう僕は3年前から願っていました。 こちらこそ、僕の奥さんになってください。―― たった2行だけれど、そのメッセージが私に 最高の幸せを運んでくれた。 ずっと待っていてくれた西島さんも私の願いを読んだ時今の私と同じように幸せを感じてくれたろうか!「じゃあ、行って来ます」「わざわざ届けに来てもらってありがとう! 行ってらっしゃい」 私をもういちど振り返り、西島さんは職場に向かった。 ―――― Fin. ――――
1.仁科家の住む街は関西圏内のトアル場所仁科貴司 57才 -- 一級建築士[事務所所長-社員5名] 副業でスナック経営 趣味はバイク 仁科葵 50才 -----専業+時々短期アルバイター通訳の 有資格者 趣味はパッチワーク 仁科賢也 25才 ----会社員 真面目なリーマン 仁科智也 22才 ----会社員 朴訥リーマン 西島薫 52才 ---- 小児科医 息子達もお世話になった。 小野寺裕子 36才 独身----貴司の浮気相手のクソビッチ 岡本沙織 55才 キャンプ場のオーナー (犬、猫達をたくさん世話している。)コウ--8才の雄猫---身体にマヒがある、仔猫育て上手な イクメンくん 1. 私はカスミソウの花が好きだ。 最近になって花言葉を知った。 春から初夏にかけて咲くと言われているカスミソウ。 ピンクの花言葉は「切なる願い=My earnest wish」と いうのだそうだ。 ずっとカスミソウには白色しかないと思い込んで いたのだけれど花言葉を知って、ピンクのカスミソウが 私の心の中を占めるようになっていった。 ○○○○年4月某日のこと…… 「お集まりの皆さん、お忙しい中お越しいただき ありがとうございます。 今月の4月9日が我々夫婦の26回目の結婚記念日だった のですがまんま9日にとはいかず、少し日程がズレて しまいましたけれど、記念日と併せて皆さんに発表して おきたいことがありまして お声をかけさせていただいた次第です。」 ♡貴司くぅ~ん、前置きはその位で早く本題 お願い~っ! ♡ 夫のバイク仲間が野次を入れた。-夫が独身だった頃からの顔が6つほどチラホラ。 所謂遊び友達で悪友というヤツだ。 副業でやっているスナックの従業員と本業の設計事務所の 社員の顔もある。 ご近所で子供を介して仲良くしているママ友ご夫婦の顔も 見つけた。 3組ご夫婦で揃って来てくれたみたい。 夫の社交力というものを改めて再認識し
2. 「今まで仕事も二足のわらじで一生懸命やってきましたが、趣味や遊びも 負けないぐらい時間を費やしヤンチャなこともしてきたわけですが、60才を目前に目が醒めまして……。」 『覚醒したのねぇ~ン』←-- ヤンチャ仲間たちのクスクス笑い「今後は家庭第一家族第一、そして私の最愛の妻第一をモットーに 今までの感謝と共に反省も込めて妻を大切にしていくことをここに誓います」 夫は神妙な面持ちでそれから笑顔を周りの人たちに向けて声高に再度 『最愛の妻だけに心を捧げて大切にしていくことを誓います』と言葉を結んだ。 とまれ……私は事情が飲み込めず、頭の中は真っ白。『えーっ』 けれど辛うじて周囲の人たちに違和感を持たれない程度に 口角を上げ、微笑みを湛えた表情で拍手喝采を受け止めた。 『アホくさっ』 夫が私の方を見たように視界の端で捉えたけれど 気付かぬ振りで私は息子たちに視線を向けた。 長男も次男も辛うじて周囲に溶け込んだ表情を纏って いたけれど、その目には明らかに私と同様の困惑が 浮かんでいたのを私は見逃さなかった。 長年、最も夫を間近で見て来た者だけが持ちうる 苦悩や悲しみ裏切り、様々な感情の混じり合った乾いた瞳……6つの瞳に喜びの色はなかった。『何だ、ソレっ』
3. 夫はアラ還になって、やっと私だけの男《夫》になると 内外に宣言したのだ。 私には夫の腹の内が読めてしまった。 夫の友人たちも類友で、皆遊び人ばかり。 その内の若い頃から浮気三昧をしていた2人が 最近立て続けに奥さんたちから引導を渡され熟年離婚されている。 3人目など奥さんが出産で里帰りした時に…… ほんとにその時だけ……たった一度だけ浮気をしたという人だった。 そのあとはずっと真面目に奥さんだけを見てきたらしい けれど、やはりアラ還で離婚されている。 たった一度を許さない女性もいるのだということを知り 夫がとても焦ったのは、想像に難くない。 夫は友人たちが次々と熟年離婚される中、学習したのだろう。 何てずるくて調子の良い男なんだろう。 危機感からか、この先妻だけを見つめ妻と子供たちを大切にするのだと、 それらに全力で心血注ぐと今更なことを言い出すまで、彼の勝手気ままな 浮気は延々と続いてきたのだ。 この25年間余り、ずっとだ。 60才を前になってやっと、妻だけに愛を捧げるデスとぉ? なんじゃらホイホイっだ。 ほんっとに何て残酷な人なんだろう。 私は何ともやりきれない心境だったが、大勢の前での表明だったことも あり、表面上は幸せそうなふうを装って、夫の身勝手な表明を聞いていた。- オブラートに包んでいるけれど、ぶっちゃけ今まで散々浮気しまくって きたが 心を入れ替えて《今頃手遅れよー》もう今後は浮気をやめます 宣言なのだ。 妻に対して、そして外に向けても、これからは妻だけに尽くすと公言。 ずるい男、今になって。 夫の度重なる浮気に何度も泣いてきた私は、会場にいる夫に向けて心の中 で想いの丈をぶちまけた。 今後、最愛の妻だけに心を捧げて大切にしていきますって? 誰のこと? 私のことだなんて言わないよね? あなたのしてきたことを鑑みれば、チャンチャラおかしいって 聞いていた人たちも心の中で呆れているんじゃないかしら。 最愛……最愛ってどんな字を書くのか知ってる? 一番愛するいちばん愛しい人のことよ。 ……なら、それはやっぱり私のことじゃない。 あなたはあなた自身が一番かわいくて大事。 あなたの最愛の人ってあなた自身。 言う
4. 妻である私にもフェミニストでやさしく家庭もそこそこ大事にしてくれて、 浮気はしても他し女《あだしおんな》に溺れるということは過去一度も ないのは確か。 妻の訴えには耳を貸さず、よその女性と付き合うのは 男の甲斐性とばかりに次々と浮気を繰り返してきた夫。 よその女性との遊びや旅行は止めてほしいと、やんわり お願してきたけれど、家庭もつまり私や子供たちのことも 大切にしているのだから、いちいち外での交友を縛ったり してはいけないと言う。 また「よその女性にモテるっていうことは、それだけ素敵な旦那様って ことなんだから、妻とだけしか付き合えないようなモテず魅力のない 男が夫であるほうが良かったっていうのかい? そんな男といたって君もつまんないでしょ?」 そう言い放ち、私の願いは聞き入れられなかった。 しっかり稼いで家族には何不自由させてない…… 大切にやさしくしている…… その上でよその女性と何しようが文句は言わせない…… 夫の放った言葉から、妻ひとりだけのものにはならない、 これが夫の意思表明だったのだろう。 やさしい? ほんとに? 本当は判ってる。 やさしい人がこんなに私の心を翻弄し苦しめたりするはずが ないってことを。 彼は最も残酷な人間。 私はそれを忘れちゃぁいけない。 彼に笑顔を向けているときも、従順でいるときも、 言動で見せ掛けの優しさを受け取るときも、やさしさなんて 持ってないってことをずっとずっと忘れてはいけない。 いつもブレることなく、自分を保っていればこれ以上 自分の心を痛めることもないのだから。
5.☑ 自分は女性にとってどれだけ魅力的かを知っている者 だけが振舞える横暴を振りかざす男。 何をしても何を云っても私が彼から離れられないのを 知っていて私にその言葉を振り下ろした男。 それが私と結婚した夫だった。 まだ子供達が幼かった頃のこと……。 夫と一緒に参加するevent、運動会、町内会、会社関連での 夫婦揃ってのパーティー etc, 家族連れの時もカップルの時も、いつも皆一様に夫の隣にいる 私に羨望の眼差しを向けてくる。 言葉に出して言われたことも一度やニ度ではなかった。 『素敵なご主人で羨ましい。 ほんと、あなたって幸せ者ね。いいわねっ』 そんな眼差しを浴びる度…… そんな言葉を掛けられる度…… ただ無言で微笑むだけ。 私はいつだって『そうなのいいでしょっ』とは返せなかった。 だって皆が羨むほど、幸せではなかったから。 幸せどころかいつも心の片隅に不安と悲しみ、怒りがあった。 私だけが知っている真実。 私は皆の前ではまやかしの象徴。 不誠実極まりない男を周りから、いい男、できる男、 魅力的な男を夫に持っている最高に幸せな女と思われているってどんな気分なの? 葵……。 満足とまではいかなくとも、快感くらいは感じてる? ちっとも、ちっとも。悲しいだけ。 私の望みはいつも私の心に寄り添い私だけを見つめ続けて くれること。 信頼し合って暮らすこと。 確かに今の時代、離婚するカップルだって大勢いる。 反面、仲の良い夫婦だっていないわけじゃない。なのに……どーして私なんだろうって思った。 浮気な夫に当たってしまったのが、どうして 私だったんだろうって。寂し過ぎる。
6. この25年余り、私に心の平安などありはしなかった。 子供を連れて苦労して生活していく勇気のなかった女。 ならぬものは、ならぬのですと夫に糾弾出来なかった 意気地なしの女。 私だけを見てほしいと頼んでも聞き入れて貰えないと 悟った時から、浮気相手の数と浮気相手に会う回数を 数えるのを止めた女。 よそでたくさんの女たちをとっ替えひっ替えしては 欲望に忠実で快楽を求め続けた男は、妻である私のことも やさしく時には抱いた。 夫の女性関係で苦しみ醒めてしまった私は、夫と何度 身体を重ねても喜びを感じることは出来なかった。 夫の私の身体をあちこち弄《まさぐ》るこの指は 昨日は誰の身体に触れただろうか。私を快感に導く彼のモノは、昨日は誰を導き快楽の泉に 沈めたのだろうか。 私はいつも不快感と不安の中で夫に身をゆだねてきた。子供と一緒に路頭に迷うわけにはいかない。 夫の周りには常に若くてスマートで魅力的で目一杯 彼の気を引くことの出来る女たち《女ども》がいる。 浮気が高じて私がいつの日か夫から打ち捨てられる日が こないとも限らない。 私は家事も手抜きせず常にきれいで居心地の良い部屋作りに努め、 お料理にも気を配り笑顔を忘れず、子育ても一生懸命こなした。- もちろん、おしゃれにも気を遣い身なりもきれいにし パーフェクトな妻を演じてきた。 あまりの数の夫の女性関係に、最初は嫉妬や苦しみ悲しみに 捉われていた私。 『辛い……』 けれどいつしかその気持ちは、大きな不安へと変化していった。 いつの頃からか、私は夫に本心を見せることも甘えることも なくしていった。 婚姻を続けることしかできない私の心中は、無念の一言しかない。 ……しかなかった。 けれど己が選択した道なのだ。 過去の自分もそして今の自分もずっとそれでもテクテクと 一歩ずつ歩んで行かねばならない。 この道を不幸なものにはしたくないと強く思ってきたし これからもこの思いは変わらない。 夫は私に対してやさしく大切にしてきた、これからだって 私が大人しくさえしていればやさしさを与え、大切にもしていくと宣言 した。 愛だって与えているじゃぁないかと言わんばかりに。 10切れある愛の1切れ2切れを私に与えているに過ぎな
7. 夫の浮気癖を止めることができないと悟った日、この現実から目を背けて はいけない……厳しい現実から目を逸らさず、そして又忘れることなく 刻み付けておくのだと決心した。 息子達が独り立ちできるその日まで自分と子供達を守ると、精一杯、 生きていこうと私は誓った。 私が夫の浮気を知ったのは、長男を出産したすぐ後で、ニ度めは次男を妊娠している時だった。 私が怒ると、もうしないと夫は言った。 けれどそのあとも浮気を重ねていた夫。 止めて欲しいと訴えた三度目の浮気発覚時、夫の言動が変わった。 開き直り、そのあとの浮気は実質妻公認となってしまった。 この時から私の中で何かが弾けた。 夫への信頼も尊敬もそして愛も消えてしまった。 家事も夫婦生活も自分と息子たちが生活していくための 仕事と割り切ることにした。 夫側の義両親や義姉夫婦親類縁者との付き合いも、更には仕事先の従業員 たちとの付き合いも妻の夫への愛情からの好意ではなく全ては仕事として こなした。 そしていずれ決着する日が来るのを待ちながら…… 私は今まで以上に、夫が望むような妻になった。 夫はそんな私に満足し、自由奔放に女たちと付き合い 勝手気ままに過ごしてきた。全てが自分中心にまわっているので、とても幸せそうだ。 私は? 私だって負けてなんかいられない。 小さかった息子たちと一緒に過ごし成長過程をつぶさに 見てきた。 子育ては大層、幸せな育自(児)だった。 息子たちとは思いっきり関わって楽しんできた。 そして夫のことはなるべく意識の中から消すことに努めてきた。 息子たちがまだ幼かった頃から、まだ見ぬ将来を想い 資格試験のための勉強も怠らなかった。 息子たちが大学を卒業する頃に独り立ちできることを目標に 生活費の中から少しずつへそくったり、短時間のアルバイトに 行ったりと、来るべき日に向けてしっかりと準備してきた。
67(番外編) お互いの気持ちを確認し合ったことで葵は前にも増して軽やかに西島と接することができるようになった。 自分の気持ちに素直に……。 心の中で毎日『大好きです』の言葉を西島に送るようになった。 日によってそれは『大好きっ』だったり『大好きなんです』だったり、『何でこんなに好きになっちゃったんだろう』だったりその時々の気分で変わる。 ◇ ◇ ◇ ◇ 程よい距離感で付き合って3年の月日が流れた。 西島さんへの好きの気持ちはちっとも減らなかった。 一緒に暮らすことの怖さや不安よりもたくさん側にいたい気持ちの方が勝るようになっていった。 七夕の日に『西島さんの奥さんになりたい』と書いて、差し入れのおかずを入れた容器の上にカードを貼り付け、袋に入れて何も言わずに西島さんにいつものように手渡しした。 いつもだったら次の差し入れ時に、洗ってある前の容器を受け取って帰るのだけれど、今回は翌日の朝一番に西島さんが家まで届けてくれた。 「ご馳走様! おいしかった。」 いつもの笑顔で西島さんはそう言ってくれた。 早朝届けてくれた容器を紙袋から取り出すと、わたしが願い事を書いた短冊の裏側が同じように貼り付けられていた。 そこには西島さんからのメッセージが書かれてあった。―― もう僕は3年前から願っていました。 こちらこそ、僕の奥さんになってください。―― たった2行だけれど、そのメッセージが私に 最高の幸せを運んでくれた。 ずっと待っていてくれた西島さんも私の願いを読んだ時今の私と同じように幸せを感じてくれたろうか!「じゃあ、行って来ます」「わざわざ届けに来てもらってありがとう! 行ってらっしゃい」 私をもういちど振り返り、西島さんは職場に向かった。 ―――― Fin. ――――
66『大好きな男性《ひと》と結婚して奥さんになって、楽しくて幸せな家庭を作るのが私の夢だった。 きっと女性なら皆《みんな》そうだと思うけど。 本気で向き合ってもらえてるんだぁ~って、再確認できて本当にうれしく思います。 ただ、元夫との長い結婚生活でかなりの人間不信になってしまってちゃんとした夫婦で居続けるということが……信じ続けるっていうのかなぁ、上手く言えないけど……人間社会での生きていく上での約束事にもう縛られたくないっていうか。 裏切られることが怖いんだと思うの。西島さん、私はあなたのことが好きだしずっと側にいて仲良くしていきたいのでこれからも宜しくお願いいたします。 プロポーズ、お受けします。 私も遊びなんかじゃないです。でも、仲の良い友人、恋人、この関係のままがいいような気がするので……どうでしょ?だめですか?』 「やっぱりね、そんな気がしてた。でも気持ちの上でのプロポーズは受けてくれて、ほっとしたよ。 こちらこそ、ありがとう。今の関係でこのまま仲良くしていけたらよいね。 でもいつか、君の中で入籍をしたいと思う日が来たらその時はちゃんと僕に言ってほしい」 『ありがとう、そうします』 今日は西島さんから私たちの気持ちを確認するようにリードしてもらってうれしかった。 私への気持ちが本気だと言われて、やっぱり女性として感激してしまった。 心から甘えられる恋人がいるって最高。 こんなおばさんになって、素敵な出会いが2つも訪れるなんて自棄を起こさずに生きてきて良かった。
65 . 番外編 毎晩、葵は僕に『大好きだよ涙が出るほど』って言うんだ。 そして、やさしく撫でてくれる。 ミーミがいつも『私は? ねえ、私は?』って葵に言う。 そしたら葵は『いい子だね、可愛いね、ミーミおいで~』ってミーミを抱っこするんだ。 にゃぁー『どうして大好きって言ってくれないの?』ってミーミが泣く。 僕は葵にとって特別な存在らしい。 葵の手はやさしくて、暖かい。 僕も葵が好きだ。 『にゃぁー』ってミーミが泣くと、僕はミーミのことをたくさん舐めてやって『いい子だね、大好きだよ~』って言ってやる。 そしたら、ミーミは落ち着くんだ。 最近、西島っていう人がちょくちょく家に来るようになった。 仲良さそうにしているけど、葵が西島さんに『大好きだよ』って言うのは、まだ聞いたことがない。 もしかして、どこか余所の場所で言ったりしてないだろうか! ◇ ◇ ◇ ◇ 「質問と言うか、提案と言うべきか君と意思確認しておきたいと思うことがある」 西島さんはそう言ってきた。 たぶん、あのことだと思った。 真面目な彼のことだからきっと……。「君との付き合いは遊びじゃないから、それをちゃんと証明する意味で確認したいことがあるんだ。 君さえOKなら、入籍してもいいぐらいには本気だ、君とのこと」「ありがと、そう言ってもらってとってもうれしいぃ~。 それって、プロポーズだよね? 違ってたら恥ずかしいけれど』 「いや、違ってなんかなくてその通りなんだけど。あぁ、今更この年で恥ずかし過ぎて、直截的な言いまわしは使えない……と言うか、断られるような気がして。 お伺いのような聞き方しかできないでいるのが、正直なところかな。 君も僕と一緒で遊びでこういう付き合いのできる人だとは思えないけど……でも、結婚を望んでの関係じゃないような気もするしで、できれば君の思っている気持ちを知りたいっていうのが一番。どう? 僕の勘は当たらずとも遠からずではない?」
64 (最終話) 普通は離婚したことなんて誰も進んで言いたがるようなことじゃ ないよね? だけど、私は気が付くと畑に向かって走っていた。 実際は自転車に乗ってたんだけども。 気持ち的には、自分の足で走っていたのだ。 とまれ…… 畑に居るその人に一番に伝えたくて。 離婚が成立したことを西島さんに報告した。 西島さんにとって私が離婚したことなど取るに、足らないことだと 分かっていてもどんなことでもいいから何か彼からの言葉が 欲しかったのかもしれない。 私は風が草花を揺らし続ける静寂の中でその時《彼の反応と言葉》を待った。 そしたら、早速西島さんからデートに誘われた。 デートと言い切るには、私の勝手な妄想が随分と入って いるのだけれど。 「じゃあ、今まで遠慮してたのですが、今度雰囲気の良いお店に 飲みに行きましょう。 帰れなくなったら、私の家に泊めてあげますから」 「ありがとうございます。 ぜひ、お供させていただきます」 そう返事をしたあと、私は畑で西島さんの姿を時々視界に入れつつすぐ いつものように作業をし始めた。 自然が醸し出すきれいな空気と、愛でている野菜たちが 閉じ込めようとしても出て来てしまう照れくささをすぐに 取り去ってくれるから。 心から湧いてくる喜びに私は浸った。うれしいお誘いがあって ……好きな人から誘われて …… Happyな気持ちになって …… 私と西島さんは、もちろん将来を約束している恋人同士ではない。 そんな決まりごとの関係なんて、くそくらえだ! 刹那的と言うのは例えが重苦しいからアレだけど、その一瞬々を 思い切りお気に入りの人と楽しく過ごすって何て素敵。 家に帰ったら絶対彼氏のコウと愛娘のミーミが待っててくれて 必ず~おきゃえり~にゃぁさぁ~い~って出迎えてくれる。 I Wish 私が願ってやまなかった幸せがすぐ側にある。 Happy Life...... 素晴らしい人生がI Love People... 愛お し い人たちが I Love My Cats.. そして愛しい猫たち ――――― Forever ―――― ※番外編へと続く→ 65話66話67話
63. 興信所の調査に貴司は落胆を隠せなかった。 きっと、何も事情を知らない調査員がこんな姿を見たら さぞかし不思議がったことだろう。 結果がクロなら分かるが、シロで落ち込むなんて日本中探しても 確実に自分くらいなものだろうから。 ここで往生際の悪いことをしてもどんどん自分だけがドツボに 嵌っていくであろうことはすでにこの頃、貴司は自覚していた。 結局自分だけは不倫や浮気で離婚された悪友たちの二の舞は 踏むまいと先手を打ったものの、ただの足掻きでしかなかったのだ。 どんなにこれからも葵と一緒にいたいと願っても……2度と 葵がこの家に、自分の元に、戻って来ることはないのだ。 葵のいないこれからの生活など貴司には想像もつかない。 今更何をと言われようとも、まだまだ心の整理が必要だ。 ◇ ◇ ◇ ◇ 夫の貴司と会い離婚を突きつけてからほどなくして あっさりと離婚が成立した。 今後私が困らないようにと、財産分与に追加して今までの お詫び料だと言って更に上乗せした分を夫が渡してくれた。 お金に汚い人でなかったことが救いだ。 年金分割も同意してくれた。 円満に話が進んだので、今後は息子たちの親という立場で スムーズにお付き合いできるのかな? と考えている。 『まっ、こればっかりはしようがないものね~』 夫から役所へ離婚届を出したと連絡受けた後、私は大きく深呼吸した。 この日をずっと待っていた。 長かった。 苦しかった。 切なかった。 そして……ようやくすっきりした。 私は小山内(おさない)葵に戻った。
62.遡って仁科貴司が初めて葵の様子を見に畑を訪れた日のこと。 男の自分が見ても水も滴るいい男。 醸し出すオーラからして違っている葵の夫が少し離れた 所に居る。 葵の夫仁科が来た時、たまたま道具と水を取りに行ってた 自分は、2人からはかなりの距離があった。 ふたりの遣り取りの雰囲気から、その場にはいない存在に なるよう努めた。 視界の端でその男を見た瞬間、知らぬ間に昔の思い出の中に ワープしていた。 その場面は子供が幼かった日の運動会で西島の今は亡き妻もいた。 仁科貴司が息子たちを伴って妻である葵と歩く姿を目にすると 余所の奥さんたちは色めきだった。 その様子を見ながら西島の妻は、私はあなたが一番と言ってくれた。 そう言われてうれしかったことを思い出した。 だがあの時、自分は冷静に考えた。 しかし、そんなふうに言ってくれる妻だってどちらに対しても 初対面で、自分かあの男かを選べと言われたなら、きっとあの男を 選ぶだろうと。 それが当然と思えるほどに、仁科は魅力的できれいな男だ。 それでもだ、余所の女房連中がキャーキャー騒ぐ中、あなたが 良いと言ってくれた愛しい妻が偲ばれた。 葵さんも独特の雰囲気を持つ、キュートな女性だ。一切毒のない女性で、派手に着飾って美貌をアピールする でなし、夫の横にいても高慢に振舞うでもなく、しとやかで 清楚な雰囲気を纏い、素敵に見えた。 あの少し毒さえあるような男には、派手で彫りの深い顔に 厚化粧をしているような美人が似合いそうなせいか、皆 奥さん連中は血迷い、 もしかしたら、あのきれいな男の横にいたのは私だったかも しれないと、勘違いしていたのだろう。 そんな雰囲気が彼女たちの言葉や態度から見てとれた。 その様子におかしいやら、あきれるやらしていたのを ふと思い出した。 ◇ ◇ ◇ ◇ 昔の思い出に浸っていたらいつの間にか、葵と貴司の姿が 見えなくなっていた。 仁科貴司はやはり今夜、葵の暮らす家に泊まって いくのだろうかと思った。 昨日は葵からお好み焼きの差し入れがあった。 自分の好きな豚肉がたくさん入っていた。 たくさん持って来てくれていたので、今日はみそ汁を付けて 食べるとするか。 手作りのお
61. 2人の関係は、真っ白と報告が上がってきた。 報告書を受け取った貴司は、加藤なる調査員からトドメのひと言を 言われる始末。「あんな素敵な奥さん、私が欲しいぐらいです。 大切になさって下さい。」 普通の人間なら、ここは喜びほっとするところなのだが 元々目的の方向性の違う貴司はガクっときたのだった。 内心では自分もこんな風な結末だろうことは、分かっていたのに。 念のため、録音したという畑でのふたりの会話を聞いた。 葵の声が弾んでいて楽し気だった。 息子たちと話している時の妻の様子に近いモノがあった。 相手に気を許し心を開いている様子を伺い知ることができた。 長年妻が自分に対してどんなに心を閉ざしていたのか 思い知らされる結果になってしまった。 今更、と言われるかもしれないが、いつの間にかこんなにも 妻の気持ちが自分から離れてしまっていたのだと気付いた。 自分は今まで何人の女たちと関わってきたのだろう。 だが、ひとりとして妻ほどに、自分の心を開いた相手はいない。 だが、どうもその妻に対しても俺は言うほど心を開いては いなかったのかもしれない。 きっと妻の方では俺に対して心と心を通わせ合えるような関係を 構築したかったのかもしれないが、俺は自らそれを打ち壊し続けて きたのだろう。 先日の妻の半端ない決意を聞いてしまった以上、焦るものの 妻に家へ帰って来てほしい、また元の家族で暮らそうと もはや言い出せない貴司なのだった。 ******** 特に主になって調査を進めていた加藤は、畑での男女を知るにつけ 今時珍しい実直な2人のファンになっていた。 ある夕暮れ時に見たふたりの姿が今も瞼に焼き付いている。 女性の方が猫を2匹連れて来ていた日のこと。 ふたりが水筒に入ったお茶で休憩していたら、それぞれの膝の上で 猫たちが一匹ずつ寝てしまい、ふたりは猫をそれぞれ自分の子供に するようにやさしく撫でる。 むろん、ふたりは無言だ。 そこには2人と2匹のやさしいたゆとう時間が流れていた。 男と女。 猫と仔猫。 しばらくの間、4つの存在は切り取られたアルバムの中の写真の ように異次元に飛んでいった。 それは美しく清らかな一枚の絵となった。 この
60. 私が他所の女性と付き合うのを止めるようどんなに頼んでも 分かったと言うだけで馬耳東風、止めようとしなかった夫に 絶望し渇いていた私。 ちょうどその頃、2才を少し過ぎた次男の智也が 台所の椅子に座っている私の側に来て私の頬に キスをしてくれるようになった。 『チュッ』 長男はそんなことをしたことがなかったので最初、すごく 吃驚した。 『₹ャァ ウレピー』 チュッとキスをした後、必ず私に言ってくれた言葉がある。 「おかあさん、しゅきっ ♡」 とてもとても幸せなひとときだった。 それは次男が5才か6才になるまで、結構長い間続いた。 夫からは決して得られない幸せの時間。 私だけを映す次男の瞳がとても愛おしかった。 ** 葵がそんな昔の想い出に浸っていた頃 ** 葵の夫である仁科貴司からの依頼で興信所が動いていた。 ありもしない葵の浮気を暴こうと、男関係を調べていたのである。 敏腕調査員、加藤は確信する。 白、シロ……まっしろ。 仁科貴司の奥さんには一切おかしな行動はない。 加藤と一緒に動いていた若手のスタッフ沢田と玉木も 揃って妻の葵のことをベタ褒め。 『ホレテマウワ』 夫なり妻なりが何か思うところがあって調査依頼して来ると 大抵の場合は、その何かおかしいと思う予感は当たっていることの 方が多いものだ。 今回のように何もないことは本当に珍しい。沢田+玉木: 「「この依頼者の旦那さん、いい奥さんで裏山(うらやば)しいなぁ~♡」」加藤: 「ちゃんと、羨ましいと言えっ」 別居している妻が心配でしようがないようだ。 奥さんは、畑を間借りしていて持ち主である小児科医、西島と よくその畑で一緒になる。 自分たちはその畑の数箇所で2人の会話が拾えるように高性能の ICレコーダーを畑のあちこちに取り付けていた。 後《のち》に回収してその会話を聞いた。 2人の会話はどこにでも転がっているような内容で、時々聞いている 者をもほっこりさせるような楽しくてユーモア溢れる話が あ
59. 「賢也、智也、私ね……愛すべき貴方たちふたりの息子を 授かれたことは本当に私にとって最高のプレゼントだって 思ってる。 だから、夫婦としてお父さんとは上手くいかなかったけど 全てが駄目だったってわけでもなかったと思うの。 今が一番大事だからね、一生懸命前向きに生きるわ。 ここに来るには、ちょっと時間が掛かるけれどいつでも来て。 おいしいモノ作って待ってるから」「ぜひそうする。 ほんと、ここは自然に恵まれていていいところだね。 仕事のことがなかったら、俺もこんなところで暮らしたいよ」 と賢也が言った。 『オレも年とったら、畑してみたい。かあさんがここで 根付いてくれてたら、将来こちらに住む拠点も移しやすそっ。そういう意味でも、かあさん、頑張ってくれよんっ』 と今度は弟の智也が続いて言う。 「西島の父ちゃんがその頃になったら隠居生活に入ってる かもしれんし。譲ってもらえんとも限らんから、おまえ 貯金しっかりしとけっ。」『おっしゃぁ~、お金溜めるべぇ~』 久し振りに会った息子たちはコウやミーミと戯れたり畑へも 一緒に行って野菜を収穫したり、自然を満喫して日曜の午後 帰って行った。 帰ってゆくふたりの背中を見つめ、彼らの行く末が幸多かれと 願わずにはいられなかった。 いつもじゃなくって、瞬間々なんだけどね 幼い頃の息子たちとの日々を思いし懐かしむことがある。 そんな中でも私の荒(すさ)んだ気持ちを解きほぐしてくれた 出来事は私の一生の宝だ。